大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)114号 判決 1963年1月25日
判 決
大阪市浪速区新川一丁目七二番地
原告
泉尾鋼材株式会社
右代表者代表取締役
中村金次郎
右訴訟代理人弁護士
阿部甚吉
右訴訟復代理人弁護士
平山芳明
同
熊谷尚之
岐阜市弥八町一六番地
被告
武藤六三郎
右訴訟代理人弁護士
岡本治太郎
右当事者間の昭和二八年(ワ)第一一四号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
一、被告は原告に対し、金二一四、五五五円およびこれに対する昭和二八年一月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四、この判決は第一項に限り、金七〇、〇〇〇円の担保を供するとき、仮りにこれを執行することができる。
事実
第一 当事者双方の申立
一、原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金三一四、五五五円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決および仮執行の宣言を求める。
二、被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。
第二 原告(請求原因)
一、主たる請求原因
(一) 被告および訴外纐纈佐喜太郎はいずれも訴外菊水工業株式会社(本店所在地岐阜市実園町一丁目二一番地)の代表取締役であつた。
(二) 右訴外会社は、昭和二七年三月頃すでに整理を発表し、銀行取引も解除され、代金支払の能力もまたその意思もないのにかかわらず、その代表取締役たる訴外纐纈がその事情を知らない在阪知名の財界人である訴外山川儀一郎(株式会社大阪プレス製作取締役社長)および川野武男を紹介人として同人等を通じ、原告会社に対して鋼材を買い受けたいと申し込んできた。原告会社は右紹介者の財界における地位に鑑み、訴外会社の信用財産状態等につき不安を感ずることなく、従つて信用調査等も行なわずに、同訴外会社との間に、前叙訴外人等を介して右売買申込を承諾した。そして、その後原告会社は訴外会社に対し鋼材(新鋼材丸棒18×5/8 同18×1/2 各八屯)合計一六屯を屯当り単価金四五、〇〇〇円代金合計七二〇、〇〇〇円で売渡し、訴外会社からその代金支払の方法として約束手形一通(振出月日昭和二七年三月四日、金額七二〇、〇〇〇円満期昭和二七年五月二日、支払場所株式会社十六銀行小熊支店、支払地および振出地岐阜市、受取人原告会社、振出人訴外会社取締役社長被告)の交付を受けた。(以上の訴外会社と原告会社との取引を、以下本件取引という。)そこで、原告会社は右約束手形を満期日に支払場所において呈示したが、取引解約済との理由で支払を拒絶された。
原告会社は、右支払拒絶後直ちに社員を岐阜市に派遣して調査したところ、訴外会社は右取引当時、銀行との取引もなく、本社所在地は跡形もないうえ、注文書に記敷されている電話も他人のもので第一、第二工場といつていた場所(岐阜市長良橋高見および同市一松通二丁目にはもともと工場もなかつた事実が判明した。(以下省略)
理由
一、争いのない事実
被告が訴外会社の代表取締役(社長)であり、訴外纐纈佐喜太郎もまた同社の代表取締役(専務)であつたこと、同人が本件取引をなしたことについては当事者間に争いがない。
二、共同不法行為責任について。共同不法行為が成立するためには、違法行為が共同でなされたか、または、不法行為者間に意思の共通ないし共同の認識がなければならない。
そこで、本件取引行為が不法行為に該るかどうかは暫くおくとして、被告と訴外纐纈との間にこのような共同関係があるか否かについて判断するに、(証拠―省略)を綜合すると、訴外纐纈が昭和二六年の岐阜市長選挙に落選して生活に困窮していたので、訴外宮崎与三一郎等有志が、纐纈のため訴外会社を設立し、同人を代表取締役としてその運営にあたらせてきたが、その後訴外会社の経営が困難になつてきたため、被告の信用を活用して訴外会社を再建しようと意図して被告の知人である訴外吉村博が、固辞する被告に懇請し、遂に昭和二七年二月一二日被告に訴外会社の代表取締役に就任することを承諾させたこと、訴外吉村がその知人である在阪知名の財界人訴外山川儀一郎を、昭和二七年三月頃大阪市内玉川旅館において訴外纐纈に紹介し、本件鋼材の取引を幹施したことが認められる。けれども、これらの事実をもつて、直ちに、本件取引が被告の指揮命令に基くとか、被告が右取引の経緯を知りつつこれを黙認したとか、本件につき、被告と訴外纐纈との間に共同関係があつたという事実を推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。
そうだとすれば、被告と訴外纐纈間に共同関係のあることを前提として、被告に損害賠償を求める原告の請求は、その余の判断をするまでもなく、その理由がないことは明らかであるからこれを棄却する。
三、代理監督者責任について(証拠―省略)を綜合すると、訴外会社は殆んど代表取締役である纐纈佐喜太郎が単独で運営し、被告が訴外会社の代表取締役に就任した後も、同訴外人が引き続き会社の代表取締役として被告の印鑑を保管使用し、訴外会社の取引を被告の代表者名義を用いて行つていたこと、本件取引も同訴外人が訴外吉村博とともに商用で九州へ赴いた帰途鋼材買入を考え、訴外山川、同川野等を通じて原告会社との間に訴外会社の代表取締役として、その権限に基き同会社名義で取引したものであることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そうすると、訴外纐纈は本件取引行為を訴外会社の被用者たる地位においてなしたものではなく、同会社の機関たる地位においてなしたものであると考えられる。思うに、株式会社の代表取締役は対外的には会社を代表して取引をなし、対内的には、その業務執行権に基き会社運営の衝にあたる者であつて、会社の最高責任者であるから、その機関としての行為は、民法第七一五条所定の被用者の行為ということはできない。もつとも、代表取締役の資格を有する者といえども会社の商業使用人をかねている場合には、その商業使用人としての他位および行為について、会社またはそれに代る他の代表取締役の選任、監督、指揮、命令を受け、民法第七一五条所定の被用者に該る場合もあり得るけれども、本件においては訴外纐纈が右の如き商業使用人たる地位を兼ねていたとの主張立証もなくかえつて前叙認定のとおり同訴外人は訴外会社を殆んど単独で運営し、本件取引も同訴外人が訴外会社のいわば主人たる資格においてなしたものであるから、同訴外人を訴外会社の被用者ということはできない。
従つて、被告は訴外纐纈に対する関係においては使用者に代つて事業を監督する者に該らないで、被告に対し代理監督責任に基き損害賠償を求める原告の請求はその前提を欠くので、その余の判断をするまでもなく、理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきものである。
四、商法第二六六条の三の責任について
(一) 代表取締役の他の代表取締役を監視する義務の有無。株式会社の代表取締役は、会社代表および業務執行機関たる固有の地位を有すると同時に、他面、取締役の構成員たる取締役(取締役会員)たる地位を兼有しているものであるから、代表取締役が他の代表取締役を監視する義務を有するか否かを判断する場合にも、右の二つの地位を区別して考察することを要する。
第一に、右固有の地位における代表取締役は、対外的には会社を代表し、対内的には、取締役会から委譲された業務および日常業務を執行する機関であつて、その職務の執行にあたつては善良な管理者として会社の利益のため忠実にその職務を遂行し、誠実なる営業指揮者としての注意をもつて、下部使用人等の業務執行を監視する義務を負うことはいうまでもない。しかしながら固有の地位における代表取締役は、定款の定め、または、株主総会あるいは取締役会の決議により他の業務執行取締役の上司として業務統括の義務を負う場合、または他の代表取締役が商業使用人を兼ねている等、特段の事由がある場合のほかは、他の代表取締役の業務を監視する法律上の義務を負うものではない。けだし、代表取締役の業務執行を指揮監督する機関は、法律上その選任および解任権を持つ取締役会であると解されるからである。
被告が社長たる名称を付した代表取締役であつたことについては当事者間に争いがないが、原告の立証その他の全証拠によるも、その社長たる資格が訴外会社の定款または右の如き決議に基くものであるという点については、これを認めるに足りる証拠がなく、また訴外纐纈が訴外会社の商業使用人を兼ねていたものでもないことは先に認定したとおりであるから、被告は固有の地位における代表取締役としては訴外纐纈の業務執行を監視すべき法律上の義務がない。
しかし、第二に、代表取締役も取締役会の構成員たる取締役(取締役会員)たる地位においては、他の代表取締役の業務執行に遺憾がないように監視し、妥当でない点を発見したときは、直ちに取締役会を自ら招集し、またはその招集を求めて、その指揮監督権の発動を促し、これを制止する義務があると解される。殊に業務執行権を持たない平取締役と異なり代表取締役は、自己の業務執行権を行使するうえで、他の代表取締役の業務執行をも見聞し、監視し得る機会が多いのであるから、通常のかつ誠実なる営業指揮者として、他の代表取締役の業務執行を監視すべき(平取締役と比較して)一属強い義務を負うものと解しなければならない。
(二) 被告の執務状況等。被告が訴外会社の代表取締役社長に就任した事情およびその後の執務状況等については前叙認定のほか、(証拠―省略)を綜合すると、被告の知人である訴外吉村博等が訴外会社の経営が不振であつたため、会社の信用を増加させる目的で、被告に訴外会社の代表取締役社長に就任するよう強く慫憊したので、被告は、県会議員等の職務多忙のため右就任に乗気ではなかつたが、被告に責任を持たせない、ただ名前だけでもよいという同訴外人の言葉により、昭和二六年一一月末頃就任を承諾し、昭和二七年二月一二日その登記を了したこと、被告は、右就任に際しても、報酬の定めもなく、会社員に挨拶したこともないが、その際、訴外会社の実権を持つている専務代表取締役訴外纐纈から会社の経営状況等を聞き、被告は多忙なので週に二三回程度しか出社できないが、被告名義で金額一〇万円以上の手形小切手を発行する場合は、被告了解を得るよう口約し、自己名義の印章を同訴外人に預けたものであるが、同口約は、その後一回も実行されず、また、被告においても、訴外会社の事業である工器具類の製造販売には、経験もなく、関心も簿く、自己の弁理士、獣医師、県会議員としての業務も多忙なうえ、その頃洋行するなどの関係もあつて、同年四月二〇日(辞任登記は同年五月二〇日)右代表取締役を辞任するまでの間、二三回訴外会社に立寄つたにすぎず、同会社の業務一切は、訴外纐纈にまかせきりになつていたこと、被告は、昭和二七年三月二六日、岐阜県県議会に出席した折、訴外山口某から被告を代表者名義とする訴外会社振出の約束手形が不渡になつていることを非難され、訴外会社事務員白木健治を呼びよせて質した結果、これが訴外大商毛織に対する約束手形であることを知り、またその後、訴外渡辺某からも、再び被告名義の約束手形が不渡になつていることを指摘されるにおよんで、昭和二七年三月一六日訴外纐纈に対し代表取締役を辞任する旨の意思表示をなすにいたつたことが認められ、これらの事実を併せ考えると、被告は代表取締役として、前叙の如き取締役会員たる地位に基く、他の代表取締役の業務を監視すべき職務を著しく怠り、通常の誠実な営業指揮者としての注意義務を欠いていた事実を推認することができ、結局取締役としてその職務を行うにつき重大な過失があつたものといわねばならず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
次に、(証拠―省略)を綜合すると、代表取締役である被告の右職務に関する重大な過失によつて、原告会社に対し、訴外纐纈の本件行為に基く合計金七二〇、〇〇〇円相当の損害を与えたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 適失相殺。
ところで、(証拠―省略)を綜合すると、被告会社は、本件取引当時、その経営不振で財産状態も相当悪化していたものであるが、原告会社は、紹介人である訴外山川儀市郎が在阪知名の財界人であること等に鑑み、軽卒にも同人等を信用して、本件取引にあたり訴外会社の経営、財産状態について何らの信用調査をしなかつたこと、本件約束手形不渡後、原告会社専務取締役野村忠が訴外会社へ電話連絡した際、本件鋼材注文書記載の電話は、訴外会社所有のものでないことが判明し、さらにその直後昭和二七年五月五日頃同人および訴外川野武男等は事情調査のため岐阜市へ赴いたが、訴外会社はすでに三月頃から閉鎖し、一ケ月程前すでに整理を発表していることが判明した事実が認められ、これらの事実を考え併せると、通常本件の如き比較的多額の手形取引をなす場合においては、取引先の信用調査等をなすことが、忠実なる営業者の態度であると解されるところ、原告会社は訴外会社の信用調査等をすれば、たやすく訴外会社との本件取引を差し控えることが出来たにもかかわらず、軽卒にもこれを怠つた過失があることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そこで、被害者である原告会社の右過失を本件損害賠償額を定めるについて斟酌することができるか否かにつき考察するに、同法第二六六条の三第一項に定める取締役の第三者に対する損害賠償責任に関しては、その本質を特殊な不法行為責任と考えるか、商法上の特別責任と解するかについては従来から、議論の分かれるところであるが、同条の責任は、取締役の悪意または重大な過失による任務懈怠という違法行為を契機として、それによつて生じた第三者に対する損害を賠償する義務を取締役に負わせたものであること、同条の責任は取締役と第三者との間に契約関係その他特殊な関係が存在することを要せず、取締役といかなる第三者との間においても発生するものであること等に鑑みれば、同条の損害賠償責任の本質は特殊の不法行為責任と解するを相当とする。果してそうだとすれば、当然民法第七二二条第二項の過失相殺の規定が適用され、原告会社の前叙過失を斟酌し得るものといわねばならない。
また、かりに同条の責任を商法上の特別責任であると解しても、同条の責任は単なる債務の履行を求めるものではなく、取締役に対し損害賠償を求めるものであることはその文言からも明らかである。そして、いわゆる過失相殺に関する民法第七二二条第二項等の規定は、被害者の自己加害行為を非難すべしという損害賠償制度を貫く公平の原則ないし信義則の一適用にほかならないから、特段の定めがない商法第二六六条の三第一項の損害賠償責任にこれが適用されない理由はなく、不法行為同様、当然裁判所はこの規定を適用して本件損害賠償を決定するうえに、原告会社の前叙過失を斟酌することが条理上むしろ当然のこととなし得るのである。
よつて、当裁判所は、原告会社の前叙過失を斟酌して、被告の原告会社に対し損害賠償をなすべき金額を金六二〇、〇〇〇円をもつて相当と思料する。
五、そうすると、原告会社は、本件取引による損害金のうち、訴外纐纈から合計金四〇五、四四五円の支払を受けた旨自認するところであるから、被告は原告に対して、前叙損害賠償額のうち、これを差引いた残額金二一四、五五五円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和二八年一月二一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるとなすべきである。
よつて、被告に対し商法第二六六条の三第一項に基く右義務の履行を求める原告の本訴請求は、右の限度においてその理由があり、これを認容することとし、その余の請求はすべて理由がないので、これを棄却すべく、訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第八民事部
裁判長裁判官 玉 重 一 之
裁判官 牧 野 進
裁判官 吉 川 義 春